おまさと又太郎(2)
「おまさはんが、おれを初めて男にしてくれはった。こんなうれしいこと、初めてや」
「わたしも、又太郎(またたろう)さんの最初のおんなになれて、よかった。一生、忘れない」
互いに感激と快感の言葉をかわしあいながら、休んでは重なり、接合しては新しい高みに到達した。
雨戸の隙間から陽がさしこんできても、おまさ(22歳)は店へ帰ろうとしなかった。
これまでの男たちからは感得しなかった躰の芯からの愉悦とふるえが、そのたびに満ちてきたからである。
おまさのこころのこもった導きに素直にしたがう又太郎(またたろう 21歳)の覚えも早く、疲れをしらなかった。
初めてとはおもえないほど、いくとおりもの姿態を試みた。
そのたびにおまさは、躰のあちこちに新しい歓喜をおぼえた。
(歌麿『葉男婦舞喜』部分 イメージ)
昼近く、さすがに空腹をおぼえ、手ばやく飯を炊き、握り飯と干したひらき鯵(あじ)と香のものを摂ると、また横たわった。
髪はくずれ、櫛や簪かんざしは、箱枕の先に散らばっていた。
「お静を家に入れ、小田原から呼よせたおふくろ(お吉 きち 享年38歳)を別の住いに移した親父(おやじ 初代〔狐火(きつねび)〕をずいぶんと恨んだものだが、おまさとこのように、男とおんなとして、離れられないあいだがらになってみると、親父の気持ちもわからないでもなくなった」
【参照】2008年6月2日[お静というおんな] (1)
おまさは、又太郎(またたろう)の上にかぶさり、
「こんなことをいうと又太郎さんに嫌われるかもしれないけど、男とおんなのぐあいが、あつらえたように、ぴったりあうことって、100組に1組だっていいます。又太郎さんとのが、めったにない、その1組だったのです」
「親父とお静さんもそうだったのかもな---」
(栄泉『華の奥』 イメージ)
【ちゅうすけ注】もし、平蔵(へいぞう 34歳)と里貴(りき 35歳)がこの会話を聞いたら、「ここに、もう1組がいるぞ」といったろう。
2日目の夕暮れであった。
おまさが中休みのつもりで、汗まみれ、又太郎のものまみれの躰を風呂で清めていると、家の裏で足音がした。
そっとうかがうと、大津からの通い船でもどった〔瀬戸川(せとがわ)〕の源七(げんしち 62歳)ではないか。
おまさは困った。
素裸のままで寝間から風呂場へきたから、身をかくすものがない。
しばらく、湯桶の中で思案したが、案が浮かぶはずもない。
濡れ手拭いを前にあて、そのまま、部屋へもどるしかなかった。
源七の前に、又太郎がうなだれていた。
素裸のおまさをじろりと見、
「なんという様(ざま)だ。着るもの着て、ここへ並べ」
交合のことは、さすがに口にしなかった。
無断で引きこみ先を留守にしたことを責められた。
そのとおりの手落ちなので、言いわけはできなかった。
ただ、おまさのほうから押しかけてきたと告げた。
掟てにしたがい、おまさは追放された。
一味の手前、情けをかけることはできない、と宣告した〔狐火(きつねび)〕の勇五郎(ゆうごろう 58歳)は、そのあとでおまさを呼び、
「又太郎を男の仲間入りをさせてくれたことは、ありがたくおもっている。しばらくは、これで暮らせ」
金包みをにぎらせた。
50両(800万円)包まれていた。
【ちゅうすけ注】〔狐火〕の勇五郎が病没したのは、それから5年後であった。
死ぬ前に、名跡を又太郎に継がせた。
それを機(しお)に、〔瀬戸川〕の源七は、退(ひ)き金を100両(1600万円)もらって引退したが、そのときにお静のわすれ形見・お久(ひさ 12歳)を連れていたことは、又太郎のほか、一味の者はしらなかった。
最近のコメント