浅野大学長貞(ながさだ)の異見(4)
「浅野さまと長谷川さま、それにあなた---どういうもおつながりですの?」
裸の男女が蚊帳の中で、さっきから睦言(むつごと)をつづけていた。
おんなは、すぐ近くの小料理〔蓮の葉〕の女将・お蓮(はす 31歳)であった。
なめらかで艶のある白い裸身を、おしげもなく行灯のあわい光にさらしていた。
そうしていたほうが、男がよろこぶことを、しりつくしていた。
男は、先日、食事にきた3人組の一人---長野佐左衛門孝祖(たかのり 31歳 600俵)であることはいうまでもない。
いわれたとおり、五ッ半(午後9時)まえに高橋(たかばし)北の横筋の小料理〔蓮の葉〕を訪れると、すっかり灯をおとしてい、あらわれたお蓮が、
「泊りこみの板場の者と仲居がいますから、そこまで---」
連れてこられたのは、高橋を南へわたった海辺大工町、本誓寺(現・江東区清澄3-5)の脇のふつうの二階家であった。
軒をくぐる前に、
「佐左(さざ)さま。お泊りになれますか、それとも、お帰りに---?」
「泊まれるのか?」
「ええ」
「それでは、泊まろう」
「うれしい」
二階には、蚊帳と寝床がしつらえられた一部屋しかなかった。
「行水もできますが、あとでよろしいでしょ?」
なれた口調だったが、すぐにいいわけをした。
「お連れさまとのお客さまの中には、お食事のあとに、こういうところをお求めになる方が少なくないのです。それで、出店みたいに整えているのです。わたしは、今夜が初めて---」
つくり笑いを、小舌をちょろりとだしてごまかした。
「いつまでも、暑さが去りませんねえ」
さっと帯を解いて蹴だし一つになり、うながした。
乳房は豊かであった。
吸ったのは前夫だけではあ.るまいが、佐左は考えないことにした。
横にならぶと、すぐに腰巻をはずし、佐左の下帯にも手をかける。
「お秀(ひで)さんとおっしゃいましたか、お子とともにお亡くなりになったのは---お幾つだったのですか?」
「---19歳」
「これから、というお齢でしたね」
「なにも覚えないうちに、ややができてしまった」
「でも、乙女だったのでしょ?」
「それはそうだが---」
「今夜は、熟れきって、なにもかも存じているおなとのおなごでございます、お覚悟をなさって---あ、そっと、やさしく---」
お蓮の指の動きは、微妙で、これまで体験したことがない巧みさであった。
気がつくと、上半身が蚊帳の外にはみでていた。
「小名木(おなぎ)川が傍(そば)ですから、蚊にお気をおつけになって---」
「蚊は驚いて、退散したであろう」
「そんなに、声をあげましたか?」
「うむ」
「だって、すごくよかったんですもの。ほら、まだ、こんなに濡れて---」
指をみちびいた。
冒頭の会話は、このあとのものである。
男は指をそのままあずけて、
「8年前に初見(はつおめみえ)した仲だ」
【参考】(2) (3) (4) (5) (6) (7) (8)
2009年5月12日~[銕三郎、初見仲間の数] (1) (2) (3) (4) (5)
2009年5月17日~[銕三郎の盟友・浅野大学長貞] (1) (2)
「殿方のそうした仲って、8年もつづくのでございますか。うらやましい」
「おんなは、つづかないのか?」
「いい人ができると、疎遠になりがちです」
【参照】2010年7月28日~[浅野大学長貞(長貞)の異見] (1) (2) (3) (5) (6)
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